マラソンのトレーニング法として日本で広く知られているのは、30km走や35km走を軸にした「長距離走中心」のアプローチだ。しかし米国では、まったく異なる哲学を持つメソッドが多くのランナーに支持されている。それがハンソンズマラソンメソッド(Hansons Marathon Method)である。
本記事では、ハンソンズメソッドの核心にある考え方から5つのペースゾーン、週間練習構成まで体系的に解説する。
まずは実際どういう内容のトレーニングなのか以下のページを確認してみて欲しい。
👉 ハンソンズメソッド ペース計算ツール 改善版 (10kmのタイムから推奨ペースを算出)
ハンソンズメソッドとは
ハンソンズメソッドは、米国ミシガン州のランニングチーム「Hansons-Brooks Distance Project」のコーチ、Luke Humphrey と Kevin Hanson によって体系化されたマラソントレーニング法だ。2012年に書籍『Hansons Marathon Method』として出版され、特にサブエリートレベルのランナーの間で広く採用されてきた。
日本語の情報はまだ少ないが、そのアプローチは他の主要なメソッドとは一線を画している。
核心にある考え方:「累積疲労」
ハンソンズメソッドを理解するうえで最も重要な概念が累積疲労(Cumulative Fatigue)だ。
従来のトレーニング法は、30km以上の「ロング走」でマラソン後半の疲弊をシミュレーションしようとする。これに対してハンソンズは、ロング走の距離を最大29km(16マイル)に抑える代わりに、週全体の練習量を積み上げた状態でそのロング走を行う。
つまり「1回の練習でレースを模倣する」のではなく、「疲れた脚でロング走を走ることで、レースの残り29km以降の状態を再現する」という発想だ。
フレッシュな状態での35km走より、疲れた脚での29km走の方がマラソン後半への適応効果が高い
これがハンソンズの主張であり、高い週間走行距離を維持しながら怪我リスクを抑えられる根拠でもある。
5つのペースゾーン
ハンソンズメソッドでは、すべての練習を目標マラソンペース(MP)を基準とした5つのゾーンで管理する。
Easy(イージー)
有酸素基盤を作り、練習からの回復を促す日常走。MP より 60〜90秒/km 遅いペースが目安で、会話ができる程度の強度が適切だ。
Marathon Pace(マラソンペース)
目標レースペースそのもの。Strength ワークアウトの基準となる。
Tempo(テンポ)
乳酸閾値を高めるための走。MP より 5〜10秒/km 速く、ハーフマラソンのレースペース前後に相当する。
Speed(スピード)
VO2Max(最大酸素摂取量)を向上させるインターバル走。MP より 25〜40秒/km 速く、5Kのレースペース前後となる。
Strength(ストレングス)
ハンソンズメソッド最大の特徴。蓄積した疲労の中でマラソンペースを維持する練習で、6〜16km をレースペース ±5秒以内で走る。週の後半(木〜金曜に Easy をこなした後の土曜など)に設定されることが多く、これがレース後半の耐性を作る核心ワークアウトだ。
典型的な週間練習構成
| 曜日 | 内容 |
|---|---|
| 月曜 | 完全休養 または 軽いクロストレーニング |
| 火曜 | Speed(インターバル走 400〜1600m × 複数本) |
| 水曜 | Easy(10〜14km) |
| 木曜 | Tempo(6〜10km) |
| 金曜 | Easy(10〜14km) |
| 土曜 | Strength(MP走 10〜16km) |
| 日曜 | Long Run(最大29km、Easy〜MPペース) |
週6日走り、2日間のクオリティワークアウト(Speed または Tempo + Strength)を軸に構成される。上級者プランでは週間走行距離が 100km を超えることもある。
他のメソッドとの主な違い
| 比較項目 | ハンソンズ | 一般的なプラン |
|---|---|---|
| 最長ロング走 | 29km(16マイル) | 35km前後 |
| 核心ワークアウト | Strength(疲れた脚でのMP走) | ロング走 |
| 週間走行距離 | 多め(80〜100km+) | 比較的少なめ |
| 週の練習日数 | 6日 | 4〜5日が多い |
最長走距離が短いことへの不安を感じるランナーも多いが、ハンソンズはその不安を「心理的なもの」と位置付け、週全体の累積疲労で十分な刺激が得られると説明している。
どんなランナーに向いているか
ハンソンズメソッドは以下のようなランナーと相性が良い。
- 現状サブ3.5〜3付近で、次のステップを探している
- 毎週安定して走れる時間・体力がある
- 怪我リスクを抑えながら走行距離を上げたい
- 一定のペース管理と計画的なトレーニングを好む
一方、週5日以上の練習が難しい場合や、極端に高い走行距離が合わない場合には、他のアプローチも検討する必要がある。
「これだけ走れば自ずと速くなるのでは?」という疑問
ハンソンズメソッドの月間走行距離を見ると、初級者プランで平均224km・ピーク月352km、上級者プランで平均320km・ピーク月404kmに達する。これを見て「距離を積み上げているだけでは?」と感じるランナーは少なくないだろう。
結論から言えば、距離は必要条件だが十分条件ではない。
走行距離が多ければ速くなるのか
有酸素能力の向上という観点では、走行距離の増加は確かに効果がある。ミトコンドリアの増加、毛細血管の発達、脂質代謝の改善といった適応は、走った量に比例して積み上がる部分がある。
しかし同じ300kmでも、すべてゆっくり走った300kmと、ペース管理された練習で積み上げた300kmでは、レースへの適応効果が大きく異なる。特にマラソンにおいては「目標ペースで走り続ける能力」が求められるため、レースペースに近い刺激を繰り返し入れることが不可欠だ。
ハンソンズが距離だけで終わらない理由
ハンソンズの週間構成を見ると、単なる距離の積み上げではないことが分かる。
- Speed(火曜)で神経系とVO2Maxに刺激を入れる
- Tempo(木曜)で乳酸閾値を引き上げる
- Strength(土曜)で疲れた脚のままマラソンペースを維持する特異的な適応を作る
- その上でのロング走(日曜)が累積疲労の仕上げになる
特にStrengthワークアウトは、他のメソッドにはほぼ存在しない練習だ。フレッシュな状態でのMP走ではなく、週の疲労を蓄積した状態でレースペースを維持することで、マラソン後半の身体状態を繰り返しシミュレーションする。
距離だけで速くなろうとすると何が起きるか
距離のみを追うと陥りやすい問題がある。EasyペースとHardペースの区別が曖昧になり、すべての練習が「そこそこ疲れる」中強度になりやすい。これはスポーツ科学では「グレーゾーントレーニング」と呼ばれ、有酸素系の刺激としても神経系の刺激としても中途半端な効果しか得られない。
ハンソンズが「Easy の日は本当にEasyに」を徹底して求めるのはこのためだ。Easy を Easy に抑えるからこそ、Speed・Tempo・Strengthで必要な強度を出し切れる。
まとめると
走行距離は土台であり、その上にペース管理された質的な刺激が乗ることで初めてレースタイムの向上につながる。ハンソンズメソッドの月間300〜400kmは「量が多い」のではなく、「質の高い練習を週6日こなした結果として積み上がる距離」と捉えるのが正確だ。
ハンソンズメソッドの5つのペースゾーンは、すべて目標マラソンタイムから自動的に算出できる。
以下のツールに目標タイム(改善版では加えて10kmのタイム)を入力すると、Easy・Marathon Pace・Tempo・Speed・Strengthの各ペースと、週間練習構成が表示される。
以下のページで計算できる。
👉 ハンソンズメソッド ペース計算ツール 改善版 (10kmのタイムから推奨ペースを算出)
投稿者による所感
月間走行距離が150km程度の中級ランナーの私からすると「週6で走り込んだらそりゃ早くなるでしょう」と思ってしまいます。つまりこれはサブエリートランナー向けのトレーニングメソッドとして捉えるべきとは思いますが、このメソッドで最重要となる「疲労を蓄積させた状態でロング走を行う」というトレーニングは初級〜中級ランナーにも充分参考になる部分かも知れないですね。また、これだけ走ると故障リスクも上がるのでその点も注意したいところです。
計算ツールはインストール不要・アカウント不要・広告なしの Web アプリになっています。改善版はフルマラソン目標タイムと10kmのタイムとの乖離を表示するようになっています。個人的には体感とすごく一致しているので、是非試してみてください。


